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旭川地方裁判所 昭和32年(わ)181号 判決 1958年7月09日

被告人 桐山英一

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、「被告人は高島幸蔵と共謀の上、右高島が旭川地方裁判所執行吏増田弥一により差押を受け、同時に保管を命ぜられ保管中であつた高島所有のトタン板百七十枚を昭和三十年十一月八日頃、空知郡上富良野町市街二町内において、被告人等が工事中の建築物屋根葺用材料として擅に使用し、以つて横領したものである。」と謂うにある。

よつて審按するに、民事訴訟法第五百六十六条第二項によれば、債務者の占有中に在る有体動産を差し押えるにつき、執行吏は、これを債務者の保管に任ずることは許されるが、その場合には、封印その他の方法で差押を明白にするときに限り、差押が効力を生ずるのであつて、執行吏が右の措置を講じないときは、差押は効力を生じないもの、従つて差押の目的物の占有は執行吏に移らないものと解するのが相当である(大審院判決大正十年(れ)第一一〇〇号、同年十月四日宣告)。これを本件についてみると、第八回公判調書中証人増田弥一の供述記載、裁判官の検証調書、同増田弥一の証人尋問調書、証人工藤貞太郎、杉元誠市、杉元貢の当公廷での各供述を綜合すれば、公訴事実に曰う「差押」は、本件で問題になつているトタン板の外フローリングとベニヤ板を加え、右三種目の物件につき、債務者高島幸蔵が請負施工していた共栄市場の建築工事現場で行はれたものであること。同市場は間隔二米五十糎を置き、横に向い合せて併置した長、短二棟の細長い建物からなり(以下長い方をA建物、短い方をB建物と略称する。)、その長さを概ね等分の間口に仕切つて、A建物は八戸分の、B建物は三戸分の、いわゆる棟割式店舗に区劃し、両建物の間を通路とし、各店舗の入口はこの通路に面していること。差押当時同市場は建築の途上にあつたので請負人高島の事務所が、B建物の中央店舗を利用して設けられており、一方差押の対象となつた物件中、トタン板は積み重ねたものが、B建物右端の屋外に、フローリングは結束のものとバラのものを、斜傾に混積したものが、事務所の右隣り店舗内に、ベニヤ板は積み重ねたものが、A建物中、頂度事務所と向い合せになつている店舗内に、それぞれ散在し、雑然と置かれてあつたこと。差押に着手した増田執行吏は、先づフローリング、ベニヤ板等の数量を目測で読み取り、次でトタン板の数量を確認しようとしたところ、高島は、工事中であり使用人もいることだから(当日大工杉元誠市等数名の者が建築工事に従事していた。)あちこち歩かないで事務所の中に入つて貰いたいと懇願したため、同執行吏はこれを了承して事務所に引返し、高島から各物件の数量を聴取したのみで一々現品を点検することなく、前記各個所にトタン板二百八十枚、フローリング約八十坪あるものとみて右両者の全部を、またベニヤ板は六百板あるものとみてその一部の四百五十枚を差押える旨の差押調書を作成するとともに差押物件を記載した公示書一枚を同事務所内中央部のベニヤ壁に貼りつけたうえ、本件物件を高島の保管に任じたこと右公示書を貼つたベニヤ壁は事務所の入口から二米七十糎隔ててあり、しかも前記の通り事務所自体が区劃された独立の部屋になつていたため、同公示書は差押物件の所在個所からは全く見透しができず、事務所に入らなければ判明できなかつたので、差押当時市場の建築作業に従事していた大工杉元誠市も差押の事実に気付かなかつたことを認めることができる。右のように工事現場に放置された多数の資材に対し差押を明白にするには、差押物件を適当な場所に取り纏め又はその所在場所毎に適宜結束若しくは繩張りその他の方法を施したうえ、その諸所に公示書を貼るか或は相当の大きさの立札をその場に施すべく、また差押物件が室内にあるため公示書を室内に貼る場合には差押物件に近接した何人も見やすい個所を選定すべきである。要するに第三者において一見してそれが差押物件であることを認識できるようにすることが必要であつて、情を知らない第三者において差押物件であることを知り得ない程度の方法を施しても、それは差押えの要件を充足したものということはできない。してみれば増田執行吏が本件物件の差押に当り施した前示差押の表示は本件物件の差押の事実を明白にするための公示方法としては全く不充分のものであつたというべく、本件物件の差押は民事訴訟法第五百六十六条第二項に違反し当然無効であると解するのを相当とする。従つて公訴事実に曰う「差押」はその効力を生ずるに由なく、差押の対象となつたトタン板の占有は債務者高島から増田執行吏に移つたとは言えないから、右物件を高島と共に他に処分しても、それは公訴事実に曰うところの犯罪を構成するものではない。結局本件公訴事実はその証明がないことに帰着するので刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪を言渡すべきものである。

(裁判官 太田実)

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